蓄積と分散:ワイコフ・スキマティックの読み方

ワイコフ編 - 第2回

スキマティックとは

スキマティック(schematic)とは、蓄積・分散のレンジ内で起きる出来事を、順序どおりに並べた模式図です。ワイコフ理論では、レンジは「大口が在庫を入れ替える作業期間」であり、その作業には決まった手順があると考えます。手順の各段階を「イベント」と呼び、SC・AR・ST・Spring といった略号を与えています。

実際のチャートが模式図と完全に一致することはありません。イベントが省略されたり、順序が前後したり、同じイベントが繰り返されたりします。スキマティックの価値は「形を暗記すること」ではなく、「今どの段階にいるか」を推定する物差しを持つことにあります。

ワイコフ理論の全体像と、ダウ理論との役割分担についてはワイコフ理論とはを先に読んでおくと、この記事の位置づけが明確になります。

蓄積スキマティック

下落トレンドが終わり、大口が安値圏で買い集める局面です。個人投資家が投げ売りする場所で、大口がその売りを吸収します。

蓄積スキマティック:下落 → SC → AR → ST → Spring → SOS → LPS → 上昇 下落 蓄積レンジ 上昇 抵抗線 支持線 SC AR ST Spring SOS LPS 出来高
図1:蓄積スキマティック。縦軸は価格の相対的な水準(数値なし)。濃い出来高バーは SC・Spring・SOS の 3 箇所。レンジ中盤で出来高が痩せていく点に注目。

SC(Selling Climax:セリング・クライマックス)

下落の最終局面で、投げ売りが集中して出る大出来高の底です。「もう持っていられない」という個人の売りを、大口が一括で吸収します。出来高が突出して大きいのに、その日の終値が安値から大きく戻していれば、売りが吸収された証拠です。

AR(Automatic Rally:自動反発)

SC で売りが枯れた直後の反発です。売り圧力が消えたことで、少しの買いで価格が戻ります。この AR の高値が、以後のレンジの抵抗線の目安になります。

ST(Secondary Test:二次テスト)

SC の安値付近まで再び下落し、「まだ売りが残っているか」を試す動きです。SC のときより出来高が少なく、値幅も狭ければ、供給が減っていると読みます。ST は複数回起きることがあります。

Spring(スプリング)

レンジの支持線を一時的に割り込み、その下に置かれた個人のストップロスを巻き込んでから反転する動きです。蓄積の最終盤に出るのが特徴で、「最後の売り玉」を吸収する役割を持ちます。割った瞬間の出来高が大きく、その後の回復が軽い出来高で進めば、典型的な Spring です。詳しくはスプリングとUTADで解説します。

SOS(Sign of Strength:強さの兆候)

供給が枯渇した後、出来高を伴って抵抗線を上抜ける動きです。ダウ理論でいうレンジからのブレイクアウトに相当します。ここで初めて「蓄積が完了した」と確認できます。

LPS(Last Point of Support:最後の支持点)

SOS の後、旧抵抗線(今は支持線に転換)まで押し戻される最後の押し目です。押しの出来高が SOS 時より明確に少なければ、上昇に向けた需給の準備が整っていると読みます。教科書上、蓄積スキマティックの中で最も期待値の高い場所とされます。

分散スキマティック

上昇トレンドが終わり、大口が高値圏で売り抜ける局面です。個人投資家が「まだ上がる」と買う場所で、大口が在庫を手放します。蓄積の鏡像ですが、イベントの名前が一部異なります。

分散スキマティック:上昇 → BC → AR → ST → UT → UTAD → SOW → LPSY → 下落 上昇 分散レンジ 下落 抵抗線 支持線 BC AR ST UT UTAD SOW LPSY 出来高
図2:分散スキマティック。濃い出来高バーは BC・UTAD・SOW の 3 箇所。UT / UTAD で高値を抜いたのに終値がレンジ内に戻る点、高値圏で出来高が荒く膨らむ点に注目。

BC(Buying Climax:バイイング・クライマックス)

上昇の最終局面で、買いが集中する大出来高の天井です。好材料や熱狂で個人が飛びつく場所で、大口がその買いに売りをぶつけます。出来高が突出して大きいのに、終値が高値から大きく押し戻されていれば、買いが吸収された証拠です。

AR(Automatic Reaction:自動反落)

BC で買いが枯れた直後の反落です。この AR の安値が、以後のレンジの支持線の目安になります。

ST(Secondary Test)

BC の高値付近まで再び上昇し、「まだ買いが残っているか」を試す動きです。BC のときより出来高が少なければ、需要が減っていると読みます。

UT(Upthrust:アップスラスト)

レンジの抵抗線を一時的に抜けてすぐに戻る動きです。個人のブレイク買いを誘い、その買いに大口が売りをぶつけます。「高値更新なのに終値がレンジ内」という形が特徴です。

UTAD(Upthrust After Distribution)

分散の最終盤に出る、最後の騙しブレイクです。UT と同じ形ですが、より大きな出来高を伴い、レンジ内の分散作業がほぼ終わった段階で出ます。個人のブレイク買いとショートの踏み上げを同時に誘い、大口はそこで残りの在庫を全て手放します。蓄積側の Spring と鏡像の関係にあります。

SOW(Sign of Weakness:弱さの兆候)

需要が枯渇した後、出来高を伴って支持線を下抜ける動きです。ここで「分散が完了した」と確認できます。

LPSY(Last Point of Supply:最後の供給点)

SOW の後、旧支持線(今は抵抗線に転換)まで戻される最後の戻りです。戻りの出来高が少なく、値幅も狭ければ、下落に向けた需給の準備が整っていると読みます。

effort vs result で検出する

ここまで見てきたイベントのうち、SC・BC・Spring・UTAD の 4 つには共通点があります。大出来高(effort)が出たのに、値幅が伸びない(result がない)という点です。

イベント出来高(effort)値動き(result)読み方
SC大きい安値から大きく戻して引ける投げ売りが吸収された
Spring大きい支持線を割ったが、レンジ内に戻して引ける最後の売り玉が吸収された
BC大きい高値から大きく押されて引ける飛びつき買いが吸収された
UTAD大きい抵抗線を抜けたが、レンジ内に戻して引ける最後の買い玉が吸収された

逆に、SOS と SOW は「大出来高で、値幅もしっかり伸びる」という effort と result が一致した動きです。この違いが、「吸収されている(レンジ継続)」か「解放された(トレンド開始)」かを分けます。

日本株での注意点
日本株の出来高は、寄り付きと引けに集中する U 字型の偏りがあります。特に引けの出来高は、指数連動型ファンドの機械的な売買(クロージング・オークション)を含むため、そのまま「大口の意図」と読むと誤ります。effort vs result を判断するときは、同じ時間帯どうしで比較し、引けの出来高は割り引いて見てください。

水平線とチャネルの引き方

スキマティックを実際のチャートに当てはめるには、線の引き方に手順があります。

  1. 先にレンジの水平線(支持線・抵抗線)を確定する。蓄積なら AR の高値と SC・ST の安値、分散なら AR の安値と BC・ST の高値が目安。チャネル(斜めの線)はトレンドが確定してから引く
  2. 水平線は「ゾーン」として扱う。1 本の線ではなく、もみ合いが密集した帯の上下に幅を持たせる。ぴったり同じ価格で反発することは稀
  3. 各線に「割れたら何を意味するか」を事前に定義する。「支持線を出来高を伴って割ったら SOW、割ってすぐ戻ったら Spring」のように、結果が出る前に判定基準を決めておく。これをしないと、後付けでどちらにも解釈できてしまう
  4. トレンド確定後のチャネルは、需要線(demand line)が主。上昇トレンドなら反動安値 2 点を結んだ線が需要線で、その 2 点の間の高値 1 点を通る平行線が買われ過ぎ線(従)。チャネルの内側の上下動に情報は薄く、情報があるのは端。需要線を出来高を伴って割れば character change(性格の変化)、上限を突き抜ければクライマックスの候補

再蓄積か分散か:棚の見分け方

上昇トレンドの途中で横ばい(棚)が出たとき、それが「再蓄積(次の上昇の準備)」なのか「分散(天井の準備)」なのかを見分ける必要があります。

本サイトの運用基準について
以下の 5 基準と、次節の 3 条件は、ワイコフおよびデビッド・ワイスの素材(スプレッド・終値位置・出来高のバー分析)を本サイトが運用チェックリストとして整理したものです。原典にこの形の記載はありません。判定の物差しとして使いつつ、機械的に当てはめないでください。
  1. 棚の位置:直前の上昇幅の上 1/3 で横ばうなら再蓄積寄り。上昇幅の半分以上を吐き出しているなら警戒
  2. レンジ端の騙しの向き:下抜けが失敗して即回復(Spring 型)なら再蓄積。上抜けが失敗して即反落(UT / UTAD 型)なら分散
  3. 出来高の推移:棚が進むほど出来高が痩せて値幅も縮小するなら再蓄積。高値圏で大出来高の荒い往復(churn)が続くなら分散
  4. 段数と頭上の供給帯:上昇開始から 1〜2 段目の棚は再蓄積が優位。4 段目以降や、過去の高値圏(捕まった買い手が多い供給帯)の直下では分が悪い
  5. デフォルトはトレンド継続:character change が出るまでトレンドは続くと仮定する。「疑わしきは再蓄積」で、天井を予測せず、証拠(UTAD、下げ足での出来高増、スラスト短縮)が出てから対応する

5 番目の基準は、ダウ理論の第6原則(トレンドは明確な転換シグナルが出るまで継続する)と同じ考え方です。ワイコフ理論の早期警戒は、ダウ理論の継続前提を覆すものではなく、「そろそろ証拠が出るかもしれない」と注意を向けるためのものです。

LPS(押し目)の確認手順

SOS の後の LPS(押し目)が「本物」かどうかを確認する 3 条件です。前節の注記どおり、本サイトの運用形であり原典の記載ではありません。

  1. 押しの出来高が、上昇時より明確に細る(供給の枯渇)
  2. 支持ゾーンで、値幅の狭い足が出て、終値が足の上半分で引ける(売り圧力の弱さ)
  3. 反発の足で出来高が戻る(需要の確認)

補足として、供給が本当に枯渇しているときは Spring すら出ず、「静かな浅い押しのまま浮上する」ことがあります。派手な騙しがないのは物足りなく感じますが、これ自体が最も強い枯渇のシグナルです。

架空事例:銘柄 X と銘柄 Y

以下は学習用の架空の事例です。特定の銘柄を指すものではありません。

銘柄 X(製造業):蓄積の例

銘柄 X は 2,600 円台から下落し、ある日 1,750 円まで急落して出来高が平均の 4 倍に膨らみましたが、終値は 1,820 円まで戻しました(SC)。翌週に 1,980 円まで反発(AR)した後、1,800 円付近まで下げて出来高は SC の半分以下(ST)。以後 3 ヶ月間、1,800 円〜2,000 円のレンジで推移し、出来高は徐々に細りました。レンジの終盤、1,780 円まで割り込んで出来高が膨らみましたが、終値は 1,830 円(Spring)。その後、出来高を伴って 2,050 円まで上抜け(SOS)、2,000 円付近まで軽い出来高で押して反発しました(LPS)。

銘柄 Y(サービス業):分散の例

銘柄 Y は 3,800 円台から上昇し、好材料で 5,600 円まで急騰して出来高が平均の 5 倍に膨らみましたが、終値は 5,350 円まで押されました(BC)。翌週に 5,000 円まで反落(AR)した後、5,500 円付近まで戻して出来高は BC の 1/3(ST)。以後 2 ヶ月間、5,000 円〜5,500 円のレンジで、高値圏で出来高の荒い往復が続きました。レンジの終盤、5,620 円まで高値を更新して出来高が膨らみましたが、終値は 5,420 円(UTAD)。その後、出来高を伴って 4,900 円まで下抜け(SOW)、5,000 円付近まで軽い出来高で戻して反落しました(LPSY)。

二つの事例の共通点
どちらも、クライマックス(SC / BC)で大出来高と終値の戻り、レンジ終盤の騙し(Spring / UTAD)で大出来高と終値のレンジ内回帰、ブレイク(SOS / SOW)で大出来高と値幅の一致、という同じ出来高の物語を持っています。向きが逆なだけです。

まとめ

  • スキマティックは、レンジ内のイベントを順序どおりに並べた模式図。「今どの段階か」を推定する物差しとして使う
  • 蓄積:SC → AR → ST → Spring → SOS → LPS → 上昇
  • 分散:BC → AR → ST → UT → UTAD → SOW → LPSY → 下落
  • SC・BC・Spring・UTAD は「大出来高なのに値幅が伸びない」effort vs result のミスマッチで検出する
  • 水平線を先に引き、ゾーンとして扱い、「割れたら何を意味するか」を事前に定義する
  • 棚の再蓄積・分散判定は 5 基準、LPS の確認は 3 条件(いずれも本サイトの運用形)
  • 迷ったらトレンド継続を前提とし、証拠が出てから対応する

次の記事では、レンジの端で起きる Spring と UTAD を、大口の流動性制約から掘り下げます:スプリングとUTAD:ストップ狩りと騙しブレイクの構造

免責事項
本記事は学習目的の解説であり、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。文中の「銘柄 X」「銘柄 Y」は架空の事例であり、実在する企業・株価とは無関係です。図 1・図 2 は模式図であり、実際のチャートではありません。実際の投資判断は必ずご自身の責任で行ってください。
TATSU_dev
TATSU_dev

ソフトウェアエンジニア / 現役トレーダー。ダウ理論に基づく日本株フェーズ分析ツールを開発・運営。